宇宙科学への貢献
天文学の進歩
天文学は観測機器の進歩とともに発展してきた歴史があります。有史以来、人々は目で見て星の動きを観察し、暦などに活かしたり、星を結んで星座をつくったりしてきました【図35】。
その後、天体望遠鏡が発明され、遠くの宇宙のことを調べられるようになります。時代が進むとロケットで宇宙望遠鏡を打ち上げて、より精細な画像を撮影することも可能になりました【図36】。浜松市では、市民の声の高まりによって1981年に天文台が開設されました。現在でも星空観望会が毎週開催され、多くの人が集う場となっています。
光の技術で宇宙の謎に迫る(ニュートリノ天文学の幕開け)
望遠鏡を用いて、主に可視光や赤外線などの光のデータを集めることにより、宇宙についての研究がなされてきましたが、それとはまったく異なるアプローチを行う観測機器が登場します。
1979年、東京大学理学部の小柴昌俊教授から、陽子崩壊観測実験(※注釈1)で使用するための大口径光電子増倍管の開発要請を受けたのが浜松ホトニクスです。1981年、無理だと思われていた大口径光電子増倍管(20インチ径光電子増倍管)の製造に成功し、昭和57年に岐阜県神岡町のカミオカンデに1000本設置されました。
カミオカンデの性能が高かったため、陽子崩壊観測実験以外に、太陽内部で起こる核融合反応によって発生するニュートリノの観測も行われるようになりました。宇宙からやってくるニュートリノという素粒子を観測することで、宇宙誕生の謎などを解き明かそうとしているのです。
1995年に改良された大口径光電子増倍管約13,000本が設置された、スーパーカミオカンデが建設されました【図37】。高性能となったスーパーカミオカンデを使用して、東京大学宇宙線研究所の梶田隆章教授は、ニュートリノの質量の存在を示すニュートリノ振動を発見し、ノーベル物理学賞の受賞に至ります。
※注釈 1…自然界の力のうち、重力を除く3つの力(電磁力、原子核内の強い力・弱い力)を統一して説明する理論(大統一理論)を証明するための陽子が他の粒子に変わったことを検出する実験
小惑星探査と光の技術
2020年にJAXAの小惑星探査機「はやぶさ2」が地球にカプセルを帰還させました。その中には小惑星「リュウグウ」で採取したサンプルが入っています。
はやぶさ2のミッションの1つは、地球の水がどこから来たのかを調べることです。地球には、宇宙から隕石などの飛来物がやってくることがあります【図38】。水を含んだ小惑星や彗星が地球に衝突して海ができたとも言われており、それを裏付けるような証拠が見つかるかもしれません。実際に、小惑星リュウグウで水(含水鉱物)の存在が確認されました。
また、はやぶさ2のように、探査機が地球から遠く離れた天体に向かう際には、スイングバイを駆使することも知られています。重力と公転の力を使って方向を変え、速度を上げる航法です【図39】。
月探査や惑星探査への展望
1972年のアポロ17号以来、人類は月へ行っていませんが、現在世界中で再び月を目指す動きが活発になってきています【図40】。
日本でもJAXAや民間企業HAKUTOが、浜松の中田島砂丘で月面ローバーの走行テストを実施したことがあります。民間企業iSpace(旧:HAKUTO)には、スズキ株式会社がコーポレートパートナーとなり、技術協力が行われています。ランダー(月着陸船)で使用されるボディ、着陸脚などの構造部品に、自動車開発の構造解析技術が活かされているようです。 月には様々な資源があり、それを使用して月面基地を建設し、火星などの惑星探査の拠点とすることが考えられています【図41】
。最新の天文学の成果を紹介する場
最新の天文学を伝えるツールとしてよく知られているのは、やはりプラネタリウムでしょう。
1923年にドイツで最初の光学式プラネタリウムが開発されて以来、世界中で多くの人々に宇宙の魅力を伝えてきました。浜松科学館の前身である浜松市児童会館で使用されていた、現存する唯一の興和製の光学式プラネタリウム【図42】も、浜松市民の宇宙に対する興味関心を高めました。
浜松科学館のプラネタリウムは、地上から見た星空を映し出せる光学式プラネタリウムと、地球を飛び出して宇宙の姿を映し出せるデジタル式プラネタリウムが組み合わさっています。実際の星空の美しさが再現された中で天体を観察できる光学式と、ダイナミックな映像演出で天文学の進歩を感じられるデジタル式、それぞれの特徴を生かして、科学館スタッフがライブ解説を行います。
また、スペースホットトピック【図43】でも、宇宙天文に関しての話題を映像で紹介しています。