世の中には植物や動物が持つ毒、人間が作った毒など、さまざまな毒が存在します。最悪の場合は人を死に至らしめることもある危険な物質ですが、時に私たちの生活に欠かせないものになることもあります。今月は「毒」について、さまざまな科学の視点でお伝えするプログラムを実施しました。
〇特別サイエンストーク「これも毒?身近な生き物の生存戦略」
皆さんは、生物の持っている「毒」について、どのくらい知識がありますか?毒とは、体に害をなす物質全般をさします。例えばハチに刺されると、毒針からさまざまな成分を含んだ毒液が体内に入り、痛みや腫れなどの症状がでたり、一度にたくさんのハチに刺されると多臓器不全に陥ることもあります。食用のキノコと間違えて毒キノコを食べると、腹痛や麻痺症状がでます。
実は、食材として使われる生き物にも、有毒の種がいることはご存じでしょうか。
・ウナギ
ウナギは粘膜や血液に、たんぱく質性の毒を持っています。血液の毒は少量なら摂取しても影響はないそうですが、多量に摂取すると下痢や嘔吐を引き起こします。また、粘膜の毒は目や傷口に入ると強い痛みを感じます。
私たちがウナギをおいしく食べられる理由は、この毒が「たんぱく質」でできているところにあります。たんぱく質は熱を加えると変性し、元の機能を失うことがあります。そして、一度熱によって変性したたんぱく質は、元には戻りません。卵を茹でたり焼いたりすると固くなり、冷めても元に戻らないのと同じです。ウナギも、焼くことにより無毒化されるため、おいしく食べることができるのです。
・カラシナ
カラシナはアブラナ科の植物で、種子にピリッとした辛さがあるため、辛子の原料に用いられています。おでんなどに欠かせない調味料ですが、この辛味は、カラシナがほかの生き物から身を守るための毒です。イソチオシアネートと呼ばれるこの成分は、カラシナの他、ダイコンなどアブラナ科の植物に含まれています。昆虫など植物を食べる一部の生物にとっては毒となる物質が、人にとっては食を楽しむために利用されています。
さまざまな生き物が身を守るための方法として毒を活用しています。人間は、毒を恐れるだけでなく、嗜好品として楽しんだり、時には薬として利用するなど、知恵を使って毒と付き合っています。みなさんの身の回りの生き物が毒を持っているかどうか、気にしてみてはいかがでしょうか。
〇でんけんラボ「ミツバチの針」
お花畑に舞うセイヨウミツバチ(以下、ミツバチ)。
ミツバチは自身や幼虫、女王バチのための食料として、花粉や花の蜜を集めます。
巣に持ち帰った花の蜜は、ハチミツに加工されて巣に蓄えられ、私たち人間はその恩恵にあずかっています。
ハチミツやそれを食べるミツバチの幼虫は栄養価が高く、ニホンザル、ツキノワグマなどさまざまな生き物たちの好物です。
小さな身体のミツバチたちは、大きな敵に立ち向かわなければなりません。
ミツバチたちは、武器として毒針を持っています。
電子顕微鏡で、毒針の先端を拡大してみましょう。
針の先端は3本のパーツに分かれていて、そのうちの2本にはギザギザしたフックの様な構造がありました。このノコギリのような2本がそれぞれ前後に動くことで、毒針を外敵の身体のより深くに刺しこむのです。
毒針は卵を産むための産卵管が変化したもの。
実は、花粉や花の蜜を集めるすべての働きバチたちは産卵管を持つメスなのです。
ミツバチが属するハチ目は、ハバチ亜目とハチ亜目という2つのグループに分けられ、ミツバチはハチ亜目に含まれます。ハバチ亜目は主に植物を食べ、ほとんどの種は産卵管を毒針として使うことはありません。一方のハチ亜目は毒針を持ちます。
ハバチ亜目はハチ亜目より原始的で、ハバチ亜目からクモや昆虫などの動物に寄生するハチ亜目の祖先が生まれたことが系統学的な研究で示されています。寄生バチはターゲットの動物を麻酔するために産卵管を麻酔針に変化させ、これがハチ亜目の毒針の始まりと考えられています。
小さなミツバチの身体には、機能的な毒針が備わっていました。彼女たちが一生懸命に作ってくれた美味しいハチミツを、心していただきたいですね。
〇特別投映「毒~神話の世界は毒だらけ?~」
ギリシア神話の世界では、暗殺や裏切りなどがテーマになることも多く、その手法として「毒」が用いられることもあります。
有名な話としては、サソリの毒ではないでしょうか。
狩人として名を馳せたオリオンですが、自分の才能を神様にまで威張り散らしてしまったことで、怒りを買い、はなたれたサソリに刺され、その毒で生命を落としてしまいます。
また、うみへび座のモデルになった「ヒドラ」も有名です。レルネの沼アミモーネの泉に住み、吐く息を含め体中に毒をもち、頭が9つもある恐ろしい大蛇、怪物として描かれています。このヒドラを倒したのが、勇者ヘラクレスです。切っても切っても生えてくる首を火で炙りながら、倒したとされています(ヘラクレス十二の冒険)。
ギリシア神話に出てくる毒の一例を挙げてみました。
仕掛け人 | ターゲット | 毒 |
ゼウス | クロノス | 吐き薬を飲ませて、飲み込まれた兄弟を助ける |
キオス島の王 | オリオン | サソリに刺されて死亡 |
− | エウリディケ | 毒ヘビに噛まれて死亡 |
ヘラクレス | ケイローン ポロス |
ヒドラの毒を塗った矢が当たって死亡 |
ネッソス | ヘラクレス | 毒が塗り込まれた服を着せられて死亡 |
調査書籍:まんがで読む星のギリシア神話 藤井龍二 著
マンガでわかるギリシャ神話 佐藤俊之 監修
神話ですので諸説ありますが、毒は神様をも倒す悪いものとして描かれています。
このような神話の中にも、毒を人間にとって有効なものとして捉えた話もあります。それがへびつかい座です。へびつかい座は8月初旬の20時頃、南の空に見えます。将棋の駒のような形を探してみてください。へびつかい座は、名医アスクレピオスがモデルになっています。
※へびの頭と尻尾の部分は、へび座。2つに別れている珍しい星座です
アスクレピオスはどんな病気も治してしまう名医でした。治療法が独特でヘビに病気の部分を噛ませて、治してしまうというものでした。あまりにも腕が良く死んだ人まで蘇らせてしまうことから、死の国王ハデスと大神ゼウスによって殺されてしまいます。医者としての功績をたたえ、星座になったとされています。
この話はヘビの毒を毒消しや薬として扱っています。毒は薬にもなるということを古代ギリシアの人々も知っていたようです。またヘビは脱皮をすることから、若返りや健康のシンボル、信仰の対象として扱われていました。
世界保健機関(WHO)のシンボルマークは、アスクレピオスが持っていたヘビがモチーフになっています。
古代に作られたギリシア神話の世界でも、毒は善と悪の2つの側面から人々に浸透していたようです。
知らずに扱うと危険だからこそ、人は毒に対して興味を持つのかもしれませんね。
このほかにも、ミニワークショップで蚊取り線香づくり、ミュージアムショップで毒に関連するグッズの販売を行いました。
次回の夜の科学館は12月13日(金)テーマは「掃除」です。是非ご来館ください。
参考資料:
厚生労働省HP 自然毒のリスクプロファイル
https://www.mhlw.go.jp/topics/syokuchu/poison/animal_06.html
日本植物生理学会 植物Q&A
https://jspp.org/hiroba/q_and_a/detail.html?id=2985
Blaimer, B. B., Santos, B. F., Cruaud, A., Gates, M. W., Kula, R. R., Mikó, I., Rasplus, J. Y., Smith, D. R., Talamas, E. J., Brady, S. G., & Buffington, M. L. (2023). Key innovations and the diversification of Hymenoptera. Nature Communications, 14(1). https://doi.org/10.1038/s41467-023-36868-4
天体のふしぎがわかる星と星座の図鑑 永田美絵著 ビジュアルだいわ文庫 2023
夏の星座博物館 山田卓著 地人書館 2005