夜の科学館:集めることでわかること

浜松科学館では月に一度(毎週第2金曜日)、高校生以上を対象に「夜の科学館」を開催しています。開館時間を延長し、常設展をご覧いただけることに加え、毎月異なるテーマでプラネタリウムやサイエンスショーなどを実施しています。「大人がワクワクする科学館」を目指した、昼間より一歩踏み込んだ内容のプログラムとなっています。本ブログでは、科学館ならではの切り口で毎月のテーマと科学の関わりを紹介します。
5月のテーマ『コレクション』
「収集・保存」は博物館の役割のひとつです。5月18日は「国際博物館の日」と定められており、毎年多くの施設で、博物館が社会に果たす役割や意義について広く知ってもらうための取り組みが行われています。今月は、博物館がもつコレクションの魅力をそれぞれのプログラムでご紹介しました。

〇特別サイエンストーク「博物館ってどんなところ?」

早速ですが皆さんは「博物館」に行ったことがありますか?

博物館に行ったことがありますか?

もうひとつ質問です。

浜松科学館は「博物館」だと思いますか?

ICOM(アイコム:世界の博物館関係者で組織される国際博物館会議)の制定する博物館(=ミュージアム)の定義は下記のようになっています。

“博物館は、有形及び無形の遺産を研究、収集、保存、解釈、展示する、社会のための非営利の常設機関である。博物館は一般に公開され、誰もが利用でき、包摂的であって、多様性と持続可能性を育む。倫理的かつ専門性をもってコミュニケーションを図り、コミュニティの参加とともに博物館は活動し、教育、愉しみ、省察と知識共有のための様々な経験を提供する。”
ICOM日本委員会による日本語確定訳文

この定義によれば、浜松の自然や産業に関わる科学技術についての展示や天文現象を紹介するプラネタリウムによって教育活動を行なっている浜松科学館も「博物館」に含まれます。
ただし、日本の博物館に関する法律(博物館法)において当館は現在「博物館類似施設」となっています。博物館と同種の事業を行う施設であるものの、博物館として登録されてはいません。

博物館類似施設まで含めると、日本の博物館の数は5,700館以上です。日本の高校の数が約5000校なので、それよりも多くの博物館があります。そんなにあるの?と思われるかもしれませんが、「博物館」と名の付く施設だけではなく、科学館や、生き物を展示する動物園・水族館、絵画や芸術作品を展示する美術館なども博物館に含まれます。
最初の質問で「行ったことがない」と答えた方も、知らないうちに、さまざまな博物館に足を運んでいるかもしれません。
たくさんの博物館があることは、たくさんのコレクションがあることに繋がります。浜松科学館は県の天然記念物である「笹ケ瀬隕石」や、前身である浜松市児童会館で使用していた興和製の光学式プラネタリウムなど、貴重な資料を有しています。また、常設展示していない資料を教育機関に貸し出ししています。夜の科学館では、貸出資料の一部を紹介しました。コレクションを保存していくことで、調査や研究の役に立ったり、教育に活用することができるのです。

ストロマトライトやアンモナイトなどの化石
ストロマトライトやアンモナイトなどの化石
天竜川の岩石
天竜川の岩石

浜松市内には科学館の他にも、楽器博物館や動物園、美術館などたくさんの博物館があります。興味を持った方はぜひ、博物館へ足を運んでみてください。

〇でんけんラボ「アリ科の分類学」

私たち人間は、生き物を収集し、分類し、系統的に整理してきました。
日常的に目にするほとんどの生き物たちに名前(種名)があることは、改めて考えるとすごいことです。

先月は「嘘」をテーマにアリ(アリ科)に似た生き物たちを紹介しました。
先月の記事はこちらから。
今回は、アリ科の中でおそらく最も有名なヒアリ(アリ科フタフシアリ亜科トフシアリ属)を種同定する過程で、分類学的な考え方を体感してみましょう。
ヒアリは毒針を持ち、攻撃性が高く、繁殖力も高いことが知られています。自然環境や人間社会へ甚大な悪影響を与えることが予想され、特定外来生物に指定されています。

浜松科学館の敷地内で採集された6個体のアリたちを下に並べました。

6個体のアリのイラスト

万が一、この中にヒアリがいたら生態学的に問題です。
ヒアリか否かを観察してみましょう。

ポイント① コブが2つ

アリ科の特徴に、腹部の一部がコブ状になった腹柄節があります。
アリ科にはこの腹柄節が1つ、もしくは2つあり、ヒアリが属するフタフシアリ亜科には2つあります。

採集されたアリの腹柄節を観察すると、腹柄節が1つの個体が2個体、2つが4個体いました。

腹柄節が1つの個体
腹柄節が1つの個体
腹柄節が2つの個体
腹柄節が2つの個体
腹柄節の数で分類したイラスト
上段左と下段の左端の計2個体は腹柄節が1つ、他の4個体は2つ

腹柄節が1つの2個体について、図鑑で詳細な形態を検討したところ、上図上段の個体はクロヤマアリ(ヤマアリ亜科ヤマアリ属)、下段の個体はトビイロケアリ(ヤマアリ亜科ケアリ属)であることが分かりました。

これでヒアリの可能性がある種は4個体に絞られました。

ポイント② 胸にトゲがない

次に、胸部にトゲがあるか観察してみましょう。
フタフシアリ亜科の中でも、ヒアリが属するトフシアリ属には胸部にトゲがありません。
観察すると、全ての個体に立派なトゲがありました。

胸部にトゲがある個体
胸部にトゲがある個体
左から順にオオズアリ(フタフシアリ亜科オオズアリ属)、オオズアリ(フタフシアリ亜科オオズアリ属)、トビイロシワアリ(フタフシアリ亜科シワアリ属)、ウロコアリ(フタフシアリ亜科ウロコアリ属)

図鑑で詳細な形態を検討したところ、上図の左から順にオオズアリ(フタフシアリ亜科オオズアリ属)、オオズアリ(フタフシアリ亜科オオズアリ属)、トビイロシワアリ(フタフシアリ亜科シワアリ属)、ウロコアリ(フタフシアリ亜科ウロコアリ属)の計3種であることが分かりました。

これで「ヒアリ」に該当する個体はいなくなりました。
今回の調査では科学館の敷地内にヒアリは確認されず、一安心です。

せっかくですのでヒアリの他の特徴も紹介したいと思います。

ヒアリ(アメリカで採集された個体)
ヒアリ(アメリカで採集された個体)

ポイント③ 触角先端2節が太くて長い

触角先端2節が太くて長い
こちらもトフシアリ属の特徴で、触角は10節からなり、先端2節が太くて長いです。

上記のポイント①~③が該当して、働きアリの体長が2.5 mm以上あった場合、ヒアリか同じく外来種で毒針を持つアカカミアリの可能性があります。

ここまでのポイント①~③は、分類学的に種同定する上級者向けの内容でした。
しかし、ヒアリか否か検討する際に、顕微鏡で観察するのは難しいと思います。
そこで、肉眼で簡単に分かる4つのポイントをご紹介します。

Ⅰ 体長は2.5~6mm 程度
Ⅱ 頭部・胸部・腹柄部は暗赤褐色で、腹部は黒褐色
Ⅲ 全体的に光沢があり、ツヤツヤしている
Ⅳ 集団の場合には、大きさに連続的な変異が見られる

ポイントⅠ~Ⅳによってヒアリと疑われた場合は、ヒアリ相談ダイヤル(0570-046-110)か地方公共団体へご相談ください。専門職員がポイント①~③を検討してヒアリか否かを同定してくれます。

ヒアリの同定ポイント①~③は、昆虫綱アリ科○○亜科○○属など、様々な分類レベルを理解する上で重要な形質でした。
以前、土壌動物を同定するイベントを行った際に、参加者から「生き物ってホールケーキを切り分けるように分類するんですね」と言われたことがありました。まさしくその通りですね。
大から小へ細分化することで、ホールケーキから1ピースを切り分けるように、科名、亜科名、属名や種名が同定されます。そして、先人の分類学者たちの努力によって、どの形質がそのグループの共通性を体現しているか、情報が取捨選択され、積み上げられてきました。
生き物の図鑑を広げた際は、分類学名を眺めて科学的な歴史を感じてみてください。

〇特別投影「天井絵画の世界」

コレクションというと、持ち運べるものを想像してしまいがちですが、壁画や建造物といった、動かすことが難しいものもあります。そこで、プラネタリウムの形状を活かし、天井画という持ち運べないコレクションを投映することで、疑似鑑賞を楽しんでいただこうと考えました。
天井画は主に教会や宮殿など人々が集う場所に描かれていることが多く、歴史の記録や宗教のシンボル、権力の誇示、装飾を目的としています。
プログラム内で紹介した、システィーナ礼拝堂(バチカン市国)の天井画は、当時のローマ教皇・ユリウス二世の命を受けた、イタリアの巨匠ミケランジェロによって制作されました。長さ40メートル、幅13メートルの天井一面に、およそ4年の歳月をかけて旧約聖書の創世記を中心としたシーンを描きました。彼は高さ20メートルの礼拝堂に足場を組んで、天井に直接絵を描いたそうです。当館のプラネタリウムドームの高さは、最下段からドーム最上部まで約13メートルです。それよりも高いところで4年間も制作の時を過ごしたと思うと、その苦労は凄まじいものだったでしょう。

システィーナ礼拝堂の天井画
システィーナ礼拝堂の天井画

天井に描かれるものは、文化や用途のちがいによって、多岐にわたります。
例えば、フランス・パリの旧オペラ座の天井には、シャガールが描いた天井画「夢の花束」があります。こちらはオペラ作品14曲の要素を取り入れ、色彩豊かに描かれています。以前は同じ場所に別の天井画が描かれていましたが、時代の変化に合わせて、当時の文化大臣がシャガールに新しい絵を描くよう依頼したそうです。シャガールはアトリエで分割したキャンバスに絵をかき、オペラ座の天井に吊り上げ組み合わせて完成させました。

旧オペラ座の天井画
旧オペラ座の天井画

また、ヨーロッパでよく見られる、神話やキリスト教の人物が描かれた天井画に対して、イスラム教の国、イランのイマーム・モスクの天井(壁面)には、アラベスク模様(幾何学図形)がびっしりと描かれています。イスラム教は偶像崇拝を厳しく禁止しているため、神の姿は描かれていないのです。

イマーム・モスクの天井(壁面)
イマーム・モスクの天井(壁面)

さて、プラネタリウムも、星や星座を天井に映し出すという点で、天井画のような機能を持っていると言えるでしょう。過去や未来の星空、世界中の星空、星座を映し出すことができる上、バーチャル宇宙旅行もできてしまいます。まさに変幻自在な天井です。
古来より人々は空を見上げ、神の存在を見出したり、天体の運行を調べたりしてきました。
空という手が届かない場所に想像を掻き立てられたことでしょう。天井に何かを描くという行為は、そんな空の世界をより近くで見たいという好奇心の表れであり、自然なことなのかもしれません。たまには「上」を見上げて想像を膨らませてみませんか?

博物館のコレクションを楽しんでいただけたでしょうか。収集・保存、調査・研究、教育普及、展示といった博物館の活動について、少しでも興味を持っていただけたら嬉しいです。

貸し出し教材の展示
でんけんラボ
レジンで作るダンゴムシ標本
夜の科学館外観
イベント名:夜の科学館
開催日:2024年5月10日(金) 毎月第2金曜日

参考資料
ヒアリ同定マニュアル Ver.2.0 2019 年 2 月 環境省自然環境局野生生物課外来生物対策室.
寺山 守, 江口 克之 & 久保田 敏. 日本産アリ類図鑑 . (朝倉書店, 2014).
ICOM 新しい博物館定義 日本語訳文

新しい博物館定義、日本語訳が決定しました

文化庁HP 博物館総合サイト 博物館について
https://museum.bunka.go.jp/museum/

『名画を見上げる 美しき天井画・天井装飾の世界』Catherine McCormack . (誠文堂新光社2021)
なぜ人々は天井に絵を描いたのか? ―天井画の歴史的変遷に関する文献調査― 三浦 慎司・川合 伸幸.名古屋大学.(2021年度日本認知科学会第38回大会)