表紙の1枚(vol.23):しかけ絵本とサイエンス

浜松科学館ニューズレター「COMPASS」。
第23号の表紙は、「絵本の店 キルヤ」にお伺いした時に撮影した一枚です。
当館職員・小粥が店長の星野さんにお話を伺いました。

人生に寄り添う一冊と出会う 絵本専門店「キルヤ」

浜松科学館では、2024年 夏の特別展として「しかけ絵本」をテーマにした展覧会の開催を予定しています。
現在では、児童書というイメージが強いしかけ絵本ですが、その歴史には科学の発展が深く関係しているのをご存知ですか。

展示会場では、しかけ絵本に使われている科学原理を紹介しています。また120種類以上のしかけ絵本を集めました。そのうち約40種類のしかけ絵本を手にとって楽しむことができますよ。
今年の夏は、浜松科学館でしかけ絵本の豊かな世界へ旅してみませんか。

そして、会場では、地元 浜松市で絵本専門店「絵本の店 キルヤ」を営む店主 星野さんのご協力を得て、特設コーナーを設置。
今年の5月に15周年を迎えた「絵本の店 キルヤ」では、一般書店ではお目にかかれないような多種多様な絵本たちを取り揃えています。

展覧会開催を機に浜松科学館スタッフが、子供だけでなく大人にも愛される絵本専門店「絵本の店 キルヤ」にお話を伺いに行ってまいりました。

浜松市中央区紺屋町にある絵本専門店「絵本の店 キルヤ」

色とりどりの絵本がお出迎え「かわいい」が溢れる店内

小粥
とてもかわいらしい店内ですね。
懐かしいものから最新作まで絵本がずらりと並んでいます。

小粥
お店の所々にある作品もかわいらしいですね。
お、この絵はこのお店を描いているんですか。

“kirja(キルヤ)”はフィンランド語で「本」の意味

星野さん
一緒に活動している前原君という、絵本作家でもあり音楽家でもある方なんですけど、
その方がお店の10周年の時に作ってくれたんです。

小粥
そうなんですか。とても素敵ですね!
お店では雑貨も販売しているそうですね。

星野さん
期間限定で作家さんや雑貨店をお招きしてお店の一角で販売していただくこともあるんですよ。作家さんの中には、作品の展示を行う方もいます。
これは時々ここで個展をやってる方の作品です。この子は、オリチムシっていうんですけど、モデルはなんだと思います?

オリチムシとは?

小粥
ピンク色でかわいい。お尻がプリッとしてますね。

星野さん
正解です!「オリチ」はお尻のことです。
息子が小さい時にお尻のことを「おりち」と言ってて、それがきっかけになったみたいです。

小粥
このオリチムシもキルヤさんをイメージして?

星野さん
そうです。
お尻がキルヤのイメージ(笑)

小粥
ふふふ(笑)なんか、裏の意味があったりするんですか?
「あなたのお店はお尻です」って言われたら僕は驚いちゃうなあ(笑)

星野さん
どうやらキルヤはこの作家さんの中では、排泄のイメージと繋がっているらしくて(笑)
いろんなものをここで出してスッキリして帰るみたいです。

小粥
なるほど(笑)、それなら少し理解できるかも。
この作家さんにとって、キルヤさんは大事な場所なんですね。

小粥
キルヤで取り扱う全ての本は星野さんが全て選ばれているんですか。

星野さん
そうです。全部、一冊ずつ選んでます。

小粥
一冊一冊にこだわりというか、好きなポイントがあるわけですね。全てに思い入れがある。

星野さん
ありますね。

小粥
ということは、ここに並んでいる全ての本を見ていくと星野さんの“人となり”がわかるということですね。

星野さん
あ~!そう考えると恥ずかしいですね。
自分の本棚とかを人に見せるのは恥ずかしいじゃないですか。
それを公開している感じなので、とても恥ずかしいです(笑)

星野さんのおすすめの本をご紹介

小粥
今回の特別展に際して、星野さんに何点かおすすめの本をピックアップしていただいたんですが、その中でおすすめなものをここでご紹介してもらいたいのですが。

星野さん
イタリアの作家 ブルーノ・ムナーリの「闇の夜に(ブルーノ・ムナーリ/著)」というしかけ絵本です。

ブルーノ・ムナーリの「闇の夜に」

小粥
紙が透ける仕掛けと穴が空いている仕掛けがあるんですね。
いわゆる飛び出す絵本のようなポップアップっていう仕掛けよりは平面的な表現。

星野さん
ええ、そうですね。
(ページをめくりながら)最初は夜の世界から始まって…、遠くに灯火が見えますね。なんの明かりでしょう。

小粥
なんだろう。月かな?

星野さん
月にも見えますね。
さらにページをめくっていくと、夜が明けてゆき、昼間の物語になります。

小粥
あ、カブトムシだ。一転して、光溢れる世界になりましたね。

星野さん
そして今度は、洞窟に入っていきます。夜とはまた違う暗闇の表現がいいですよね。

小粥
壁画や宝箱などが見えますね。ヨーロッパらしい洞窟ですね。
一冊の本だから連続の物語なんだけど、ページをめくるごとに場面展開もたくさんあって、いろんな世界が楽しめちゃう。

星野さん
ブルーノ・ムナーリが好きなんです。彼の作る本はすごく遊び心があるんですよね。
デザイナーさんでもあるんですけど、絵本もたくさん描いています。
こちらは、いろんなしかけ絵本をいっぱい出している中の一冊になります。

星野さん
ブルーノ・ムナーリという作家はいろんなところで展覧会も開催されてますが、本当に多様な絵本を出版しています。
触って楽しむような、目の見えない人でも楽しむことのできる仕掛けの作品もあったりとか。

星野さん
しかけ絵本ではないんですが、「ムナーリの機械(ブルーノ・ムナーリ/著)」っていう本もすごく好きです。
この本では、ピタゴラスイッチみたいな機械をいっぱい考えてます。

ムナーリの機械

小粥
なんか科学実験っぽいですね。

星野さん
友達を笑わせるために作った本なのだそうです。
雨を利用してしゃっくりを音楽的に作る機械とかが載ってます。

小粥
あはは(笑)科学的だけど非効率的で人間味のある感じですね。

星野さん
(本を読みながら)…雨が傘の中に降れば、重くなってミミズの立て髪の毛で作った紐で結ばれた取っ手が引っ張られる…
傘の取っ手が動いて、鍋の底が開く。鍋の中にはアスパラガス1束を完璧に石膏でまねて薄い色紙のリボンで束ねたものが入っていて…

奇抜とも思える摩訶不思議な発明たち

小粥
発想も面白いですけど、絵もいいですね。
ふざけてるのかなと思いつつも、真面目に丁寧に描かれているという(笑)

小粥
今年の7月7日に浜松でMaker Faire(メイカーフェア)というイベントがあるんですよ。
そこで大人たちが自分の発明を紹介するんですが、まさにこんな感じかも。
自動的にクレープを焼く方法とか、わざわざ機械仕掛けで作ったりするような大人たちがいるんですよ。手で焼いたほうが速いんですけどね。面白いですよね。

星野さん
そんなイベントがあるんですか。面白そう。

小粥
星野さん個人のおすすめとか、好きな本はありますか。

星野さん
う〜ん、そうですね。
どうしましょう、決めるのは難しいですね。

小粥
今の星野さんの気分で決めていただいてもいいですよ。
初夏、そして、天気のいい今日の浜松ですが…。

星野さん
天気がいい…何がいいかな。
う~ん、だいたい暗いので(笑)

小粥
暗いんですね(笑)
では、私や杉本(同行してるスタッフ)が気になるものでもいいですか。

杉本
私は2冊気になったものがありますね。
まずは「マクドナルドさんのやさいアパート(ジュディ・バレット/文、ロン・バレット/画)」。
もう一冊は「もし、世界にわたしがいなかったら(ビクター・サントス/文、アンナ・フォルラティ/画)」というこちら。

星野さん
「もし、世界にわたしがいなかったら」は新刊で、出たばっかりなんですけど、いいですよ。

杉本
絵がすごく綺麗ですね。
なんだか、すごく気になっちゃって。
表紙をめくってみたいっていう気持ちが湧いてきます。

星野さん
この「わたし」っていうのがなんなのかっていうことですけど、それをずっとみていくと、「あ、そういうことか」という発見があります。

小粥
「もし、世界にわたしがいなかったら」というタイトルは大人も気になりますよね。

星野さん
物語を楽しんでもらいたいので内容に関してはあまり言えないんですけど、「わたし」というのは誰のことを言っているのかなって考えながらページをめくっていくんです。

小粥
(ページをめくりながら)面白いですね。これはみなさんに読んでいただきたいです。
僕の専門が生物ですので、この本をまず真ん中辺まで読んだ時点で、まさしく生物多様性の話なんじゃないかって思えます。
生き物が絶滅しちゃう意味とかそういうことも考えちゃうなあ。

小粥
…って、つい科学館職員っぽいことを言っちゃいましたけど(笑)
作者の方は、文化や生物のことなど、いろんなことを勉強されている方なんだなって感じますよね。
僕はこのように感じましたけど、感じることは人それぞれですよね。そこが面白い。

星野さん
ええ、そこが面白いです。
本を選ぶ時には全部自分で読んでいるんですが、絵はもちろんですけど、言葉や文章を見るんです。言葉の中に「ん?」ということがないものを選んでいます。例えば「この言葉遣い、別の言葉に変えたいな」とか、そういった違和感のないものをお店には置きたいんです。言葉というものを大事にしたいと思っています。そういう意味ではすごく心に入ってくる絵本ですね、この本は。

小粥
言葉っていう観点で見ると翻訳の方の存在ってすごく大きいですよね。
外国語のニュアンスを日本語に訳すのは難しいですよね。直訳するだけじゃ務まらないお仕事なんじゃないかなって。

星野さん
そうですよね。
私個人でも、好きな翻訳の方もいるし、苦手な人もやっぱりいます。
言葉のリズムや日本語の使い方も、合う合わないがありますよね。

星野さん
今回の展覧会でもおすすめの本にピックアップさせていただいたんですが、「ロボットは みずが にがて(フィリップ・ユージー/著)」という本もおすすめです。
この本は、フィリップ・ユージーさんっていう方の絵本です。
絵はシンプルなデザインですが、ダイナミックな仕掛けが魅力です。

ロボットが立ち上がるダイナミックな仕掛け

星野さん
「ロボットは みずが にがて」は、四角い形をメインに構成されています。この作者さんの他の作品では、丸い形で構成されたり、削いだシャープな形で構成されたものもあり、デザイン性が高いんですよ。
色合いも落ち着いていて、シンプルなデザインだけど驚きがあるっていうのが好きですね。物語もあるので読み聞かせもできちゃいます。

星野さん
シンプルなデザインが魅力的なしかけ絵本でいうと、デビッド・ カーターさんも素敵です。
これは、「ごきげんなきいろいはこ(デビッド・A・カーター/著)」っていう作品で、とってもかわいいんです。

小粥
いろんな黄色い箱が!この黄色い箱の笑顔がかわいいですね。
絵はシンプルだけど、仕掛けのバリエーションは豊かですね。

星野さん
読んでいて楽しい気分になりますよ。
お店に置くのはシンプルなデザイン性の高いものが多いです。

小粥
星野さんセレクトが、好みのど真ん中だという方がいらしたら、月一で来店したくなりますね。

杉本
ボブ・ディランの本もあるんですね。

小粥
あのミュージシャンの?
ボブ・ディラン作なんだ。

星野さん
これは「はじまりの日(ボブ・ディラン/文、ポール・ロジャース/画)」という本で、ボブ・ディランの「Forever Young」という歌の歌詞が絵本になってます。

小粥
ホテルのラウンジとかにあると最高じゃないですか、この本。
疲れたサラリーマンの心にしみる…

杉本
これは大人が欲しがりますね。

星野さん
そうですね。
あとは出産祝いやお誕生日のプレゼントなんかにも購入されていく方も多いです。
私もこの間、知り合いの娘さんが小学校卒業するときにプレゼントしました。

杉本
絵本って子供に見せるものだとずっと思ってたんですけど、今日ここにきて自分が欲しくなりました。

小粥
大人が自分のために買っていくっていう方もいらっしゃるんですか。

星野さん
うちのお客さんはそういう方が多いかもしれないです。
お母さん、お父さんが本を好きじゃないと家の中から絵本や児童書がなくなっちゃうんですよ。
だから、大人の方にも絵本や児童書をもっと好きになってほしいなっていうのがあります。

小粥
先ほどの「闇の夜に」などのムナーリさんの本もそうですが、そのような書籍をいわゆる“町の本屋さん”のような一般書店で見る機会があんまりないですよね。
キルヤさんでは、一般書店ではあまり扱われていない珍しい本だったりなどをメインで販売されているんでしょうか。

星野さん
特に、珍しい本やアートブックにこだわっているわけではないですが、自分がいいなと感じるのが一般的にはあまり売られていないものなのかも(笑)
それぞれの本がどう良いのかを言葉で説明するのは難しいのですけど、本を手に取ってじっくり見てもらえればいいかなと。

子どもの本専門店「えれふぁんと」から、絵本専門店「キルヤ」へ

小粥
キルヤさんは何年前から営業されているんですか。

星野さん
2009年5月にオープンしたのでちょうど15年になります。

小粥
15年前か。私は浜松出身なのですが、大学進学を機に地元を離れたんです。
ちょうどそのくらいの時期にこちらのお店ができたんですね。
そのせいか、このお店のことを存じ上げなくて、先日が初めての来店になってしまいました。

小粥
それ以前は星野さんはどちらにいらしたんですか。
ちなみに、星野さんは浜松出身でいらっしゃいますか?

星野さん
いえ、2001年に浜松に引っ越してきました。
その前は埼玉にいましたね。元々は大阪出身なんです。
大阪と埼玉では、陶芸の仕事をしておりました。

小粥
そうだったんですか。本関係かと思いきや、陶芸のお仕事をされていたんですね。
学生の頃はどういったことを学ばれてたんですか。

星野さん
専門学校でインテリアデザインの勉強をしていました。
それ以前にも陶芸をやりたいと思ってはいて、専門学校に入学して半年ほど経ってから「やっぱり陶芸がやりたい」と強く感じるようになり、学校を卒業してからは窯元に就職しました。埼玉に移ってからは陶芸教室に勤めたりしてましたね。
浜松に来ることになって、陶芸の仕事を辞めて福祉の仕事に就きました。

小粥
今まで陶芸や福祉という業界にいらっしゃって、本屋さんに転身というのはどういうきっかけや流れがあったんですか。

星野さん
本は好きだったのですが、ずっとただの読者でした。本屋さんでバイトをするとかも考えたこともなく…

小粥
図書館司書さんとして働くとかも?

星野さん
考えたこともなかったですね。
ですが、本は好きで、ずっと大人になるまで離れずに生活をしてました。
私には弟がいるんですが、歳が離れているというのもあって家の中から絵本がなくなるということがなかったんですね。そして、結婚して子供が産まれるのも早かったので、ずっと途切れることなく絵本が家の手の届くところに必ずありました。
大人になっても自分の好きな何冊かは常に手元に持っていて、引越ししても荷物の一番すぐ取り出せるところに絵本があるという距離感で親しんでいましたね。

小粥
親元を離れたり、引越しするときに子供の頃のものって失くなりがちじゃないですか。
子供の頃の絵日記とか図画工作の作品とか絵本とか。
星野さんの中では絵本というのは大切なものだったんですね。

星野さん
お気に入りの何冊かは「これは自分のもの」という風に側に置いていました。
たまたまだと思うんですけど、母も処分をしなかったっていうのもありますね。
どうしても子供が大きくなってくると、人にあげちゃったりとか、捨てちゃう人もいるし、最近だとどこかで売っちゃったりとか、手元から離れていく絵本の行方はあちこちにあるのだと思いますが、そういうことをしないでずっと全部置いてある家だったんですよね。

星野さん
普段、目にしなかったら忘れちゃうものってたくさんあると思うんですけど、本に関しては「実家のあそこにあの本あったよね」ってずっと覚えてます。
今、「あの本が読みたい」と思ったら、実家に「あの本あるよね」と送ってもらったり帰省した時に持って帰ってきたり。
「全部あんたに取られちゃう」って母には怒られるんですけど(笑)

小粥
あはは(笑)お母様も本がお好きなんですね。

星野さん
そうですね。母もすごく本が好きです。
絵本の読み聞かせもたくさんしてもらいましたし、小さい弟に自分が読み聞かせるっていうのもたくさんしてました。
母が弟に読み聞かせるのもずっと聞いてましたね。
将来、自分が絵本屋をやることになるとは夢にも思わなかったけど(笑)

小粥
星野さんの中では「本」と言ったら、小説や雑誌などよりも子供の頃から続いている「絵本」という思いが強かったんですか。

星野さん
実は、それもあんまり考えたこともなくて。
絵本が好きっていうのも自分の中で強く意識したことはないんですよ。
本は常に読んでましたけど、ジャンルで区別して考えたことがないっていうか。

絵本以外の本も

小粥
絵本だから特別ということもなく?

星野さん
そうですね。
幼い頃から大人になるまでの本との関係性はそんな感じでしたね。
直接のきっかけとなったのは、ある時、もともとここにあった子どもの本専門店「えれふぁんと」さんというお店が引退するっておっしゃって、「じゃあ、やりたいんですけど」と手を挙げたのがきっかけですね。

小粥
前にあったえれふぁんとさんっていうお店はどんなお店だったんですか。

星野さん
ご夫婦でお店を経営されていたんですが、子供の本のお店って感じで、絵本だけでなく児童文学や保育に関連する本なんかも扱ってましたね。
浜松に引っ越してくる時、家探しをするタイミングでえれふぁんとさんの前を通って「あ!こんなお店がある」って。それが最初の出会いです。
東京や大阪、名古屋などの大きい都市圏ならともかく、浜松に児童書専門の絵本屋さんがあるっていうのが嬉しかったんです。「いい街だな」って思いましたね。

小粥
では、えれふぁんとさんがなかったら星野さんは絵本屋さんをされてなかったかもしれないんですね。

星野さん
ええ、してないですね。
えれふぁんとさんがやめるなんて思ってもなかったので。

小粥
えれふぁんとさんのいちファンだった。

星野さん
そうですね。お客として親しんでいただけだったんですけど、お店をやめるってお話が浮上した時に、私がちょうど病気でお休みしていた時だったんです。そろそろ復帰しなくちゃいけないなという時期に来ていたのでタイミングが良かったんですよね。
元夫がえれふぁんとさんがやめるって話を聞きつけてきて、慌てて一緒にお話を聞きに行きました。本来は夫の方がお店をやりたかったんですよ。

小粥
そんな経緯があったんですか。

星野さん
私としても前の職場に復帰するかしないかで悩んでいた時期で、お医者さんからものんびりと店番するくらいから始めた方がいいかもねというお話もあり、じゃあやってみようかと。それから、色々な方々に繋いでいただいて、お店の場所をそのまま借りて、取り次ぎさんもご紹介いただいて、本棚までいただいて…そういう経緯がありましたね。

小粥
浜松から児童書籍店が一軒消えてしまうところに後継者が…運命を感じますね。

店内の壁には子どもたちからのお手紙が

星野さん
ちょうどタイミングが良かったんですね。
普通に勤めていたら多分そんなの無理だと思ったと思うんですけど。
今でもえれふぁんとさんだと思って来店される方もいらっしゃいますよ。
えれふぁんとさんの娘さんですかって聞かれたりとか(笑)

小粥
えれふぁんと時代からお店を知っている人だったらそう思うかも(笑)
今年で開店から15周年とのことでしたが、この場所には、えれふぁんとさんが築いた年月も合わせると、もっともっと長い間、浜松の子どもたちに本を届けてきたという歴史があるんですね。
浜松の絵本屋さんとして広い世代の人々に愛されているのが伺えます。

人生に寄り添う一冊との出会いを作りたい

きのこコーナー

杉本
きのこの本のコーナーがありますね。
きのこの置物もたくさんある。

星野さん
きのこが好きで自分で色々ときのこの本を集めてます。
きのこのしかけ絵本もありますよ。
雑貨はいただいたりすることが多いですね。
高校生ぐらいからきのこがすごい好きになっちゃって…(笑)

杉本
形が好きとか?

星野さん
いえ、存在が。

杉本
きのこの存在そのものが好きなんですか。
私は食べ物としてのきのこが大好きです(笑)

星野さん
今では食べるのも好きなんですけど、実は小さい時は食べるのは大嫌いでした(笑)
ですが、きのこが好きになったら食べるのも好きになりましたね。

小粥
浜松科学館でミニ図鑑を作っているんですが、きのこがお好きだと聞いてきのこと同じ菌類の地衣類のミニ図鑑を持ってきました。データをダウンロードしてもらって折本が作れるというものなんです。どうぞ貰ってください。

星野さん
ありがとうございます。
へ〜!小さい本になるんだ。面白い。

小粥
地衣類は、その辺のイチョウにもついてますよ。見てみますか。

地衣類を探して外へ

小粥
おそらくこれは「ロウソクゴケ」。
本来はルーペや顕微鏡で観察するんですけど、葉状体というひだがあるのが見分け方の一つです。

星野さん
ひだ?全然ちっちゃくて見えない(笑)

小粥
そうですよね(笑)ルーペがあれば見られるんですが…、準備不足ですいません。
この地衣類がなんで “ロウソク” ゴケと言うかというと、中世のヨーロッパでは、このロウソクゴケを使ってキャンドルの染色をしていたんですよ。

星野さん
へ〜!面白い。
ところで、“地衣”ってなんですか。

小粥
地衣類っていうのは…。あ、お店の中に入りましょうか。
自分で話題を出しておいてなんですが、地衣類講座になっちゃうな(笑)

小粥
生き物の中には菌類っていうグループがいて、その菌類の中にきのこがいるんですよ。
菌類の中には酵母やカビもいるんです。そして、その中に地衣類もいるんですよ。

小粥
菌類の中には藻類っていう緑色の小さなつぶつぶの生き物もいます。
植物の葉緑体のもとだったやつです。藻類と地衣類は一緒に生きているんです。
共生してるので藻類は光合成をして栄養をあげるし、地衣類は紫外線や湿度に弱い藻類を守ってあげてるんですね。

小粥
人生で地衣類のことってあんまり接点ないし知らないじゃないですか。
でも、みんなが住んでる家なんかの駐車場の車止めブロックを拡大すると地衣類がいるんですよね。
ちょっと離れたコンクリにはまた違う種類の地衣類が生きてる。
僕ら人間にとってはたったの2、3メートルの距離なんだけど、彼らにとってはきっと住みやすさが違っていて、多様性を持っているんですよね。

星野さん
ほんとですね。北国の人と南国の人みたいな感じなのかな。
きのこの存在が好きになったのも似たような観点からかもしれないです。
きのこって生えていても、気付かない人は気付かないじゃないですか。
そういうのがいいなって(笑)

星野さん
こういった絵本も気付いてもらわないと良さってあんまり目立たないものだったりすると思うんですけど、本を開いてみてもらったら、「あ、とっても良い」と思ってもらえるものたちじゃないかなって。

小粥
人生で出会える本は限られていますからね。
星野さんは、人と本の出会いの機会を作っているんですね。

星野さん
そうだったら良いなと。偉そうに聞こえたら恐縮ですけど(笑)
よく「どうやって本を選ぶんですか」とか「選ぶ基準はなんですか」と聞かれるけど、あんまり言葉では説明ができなくて。

小粥
それでも、一貫して何か感じるものはありますよ。
例えば、3冊の本が目の前に出てきたとして、「この中の一冊を星野さんが選びました」と言われたら、僕はその本を選ぶことができるかもしれません。
自分が面白いと思ったものを他の人にも面白いと感じてもらえたらすごく嬉しいですよね。
星野さんは、できるだけ自分と同じ感動に近い方が嬉しいですか?それとも、自分と同じでなくても構わない?

星野さん
それは、読み手に自由に感じてもらえたら嬉しいですね。
「そういうふうに見るんだ」みたいに改めて気づかされることもあります。
「そこ?」みたいに驚くこともたくさんあるし、絵の中でも「そんなとこ見てたんだ」ってこともある。

小粥
星野さんにとって絵本ってどんな存在ですかって聞こうと思ってたんですが、今までのお話を聞いていると、言語化できるようなものでもないんだろうなって感じました。
でも、キルヤさんセレクトの絵本って特にそうだと思うんですけど、一冊読む前と後って確実に人が変わってると思うんですよ。
杉本さんもここに来る前よりも人生が豊かになってるでしょう?

杉本
確かに!私、もう自分用に一冊選んでますよ(笑)

小粥
あ、さすが。もうお気に入りと出会っちゃいましたか(笑)
キルヤさんセレクトの絵本ですごいなと思うのが、その本との出会いがその人にとってなんらかプラスに働いているでしょう?そういう出会いのある場所ってなかなかないですよ。

星野さん
ありがとうございます。
そうであったら嬉しいですね。

小粥
本との出会いって旅行に近いかなと思うんです。特に思いがけない体験をした時は、旅行に行く前と後では自分が変わることってありますよね。
ここには思いがけない出会いがあると思います。

星野さん
そうかもしれませんね。
お店として、あなたにはこれがいいですよって言っているわけでもなく。

小粥
たまたま惹かれて手に取った本が自分の特別な一冊になるかもしれない。
なんだか良いなあ。絵本屋さんってとっても良い職業ですね。僕も自分が好きな本を集めて本屋さんやろうかな(笑)

星野さん
東京には魚の本だけを取り扱っている本屋さんというのもあるみたいですよ。
生物だけの本を取り扱っている本屋さん、良いじゃないですか。
きっとできますよ、小粥さんなら。

取材を終えて

絵本の世界、いかがでしたか。
どこを見ても「かわいい!」と心ときめいてしまう店内。
子どもの頃にワクワクしながらページをめくった思い出が蘇ってきますよね。

店内の雰囲気もお人柄も、ほっとするような空気感がとても素敵なキルヤと星野さん。絵本をめくりながらの取材でしたが、終始穏やかなムードで癒しの時間を過ごすことができました。

浜松科学館で開催される夏の特別展は、2024年7月20(土)〜2024年9月1(日)まで開催予定です。しかけ絵本がたくさん揃う貴重な機会ですので、ぜひ足をお運び頂けたら幸いです。

大人になった今だからこそ、忙しい毎日から絵本の世界へ旅に出かけませんか。自分だけの特別な一冊がきっと見つかりますよ。

記事執筆:黒川 夏希(ウィスカーデザイン)

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