6月のテーマ『性』
「子どもには聞かせられない」生き物の性やギリシャ神話を紹介した月の夜の科学館は、いつにもまして「大人のための科学館」を楽しんでいただけるプログラムとなりました。
〇子どもには聞かせられない生き物の話
今月のテーマである「性」。多くの辞書には「オス・メスがあること」と書かれています(以下、オス:♂、メス:♀)。この♂・♀の細胞がくっついて子孫を残すことを「有性生殖」、体の一部を切り離して子孫を残すことを「無性生殖」と言います。
ヒトやカブトムシの♂・♀は想像しやすいですよね。では私たちが日常的に食べている菌類(キノコ)はいかがでしょうか? 有性生殖? それとも無性生殖?
◆ 性的なキノコの観察
電子顕微鏡で「シメジ」とブルーチーズの「アオカビ」を観察しました。
シメジの傘の内側を拡大すると、丸い物体が並んでいるのが分かります。
これは「胞子」と呼ばれるもので、次世代の元となる植物の種子のような存在です。
菌類は「菌糸」と呼ばれる植物の根のようなものを伸ばして生活する生き物です。その中で有性生殖を行い、胞子を生産するための生殖器官を作ることがあります。この生殖器官が所謂「キノコ」です。
シメジは餌のおが屑の中で菌糸を伸ばします。そして、別の個体の菌糸が触れ合った時に、相性が良ければ接合します。そして大量の菌糸を材料にキノコを作り、有性生殖によって胞子を生産するのです
次にアオカビを観察してみましょう。
こちらは、シメジの傘のように胞子を生産する場所場所を限定することなく、すべての菌糸から胞子が生えていました。ブルーチーズなどのアオカビを含むカビの仲間は、キノコを作ることなく、単体で胞子を生産する「無性生殖」を行うことが多いです。
有性生殖(シメジ)は、菌糸と菌糸が出会い、キノコという巨大な構造物を作るなど、大量の時間とエネルギーが必要です。一方の無性生殖(アオカビ)は、自身のタイミングで好きな場所に胞子を作るなど、有性生殖よりも増殖効率が高そうです。
無性生殖の優れた増殖効率は、菌類に限らずほぼ全ての生き物に当てはまります。
ということは「増えやすい無性生殖の生き物が、生物界で多数派になるのでは?」と考えられます。しかし実際はその逆で、少数派なのです。
なぜ、無性生殖は多数派にならないのでしょうか?
理由の一つに有性生殖の遺伝的多様性を高める性質が挙げられます。
◆ 生き抜く手段としての性
生き物の細胞は基本的に2つの遺伝子セットを持ちます。
無性生殖では、下の図のように増殖します。
親と子で同じ遺伝子セットを持っていますね。
有性生殖では、最終的な子の遺伝子セットが2つになるように、くっつける細胞の遺伝子セットを1つに減らす過程(減数分裂)があります。
その際にしばしば遺伝子セット間で一部の遺伝子の交換が起こります。これによって、親と子、子と子の間で異なる遺伝子セットを持つことになり、遺伝的な多様性が高まります。
※ここでは無性生殖と有性生殖を分かりやすく比較するために、減数分裂の過程を簡略化して示しています
遺伝的な多様性は、生き物の色形はもちろん、気候の変化や病気などに抵抗する力の多様性にも繋がります。様々な性質の個体が存在することで、環境の変化に対応して、種を存続する可能性が高まることが、有性生殖の大きなメリットの1つになっています。
さて、ここまで「♂(オス)・♀(メス)」という言葉を当たり前のように使ってきましたが、そもそも「♂・♀」とは何でしょうか?
ペニスが付いていれば♂?
しかし、カエルにはペニスはありません。
下の図をごらんください。
に脊椎動物の進化と、ペニスの有無を大まかに示しました。
魚類やカエルを含む両生類の♂は、♀が水中に産んだ卵へ水を媒介して精子を届けるのでペニスをもちません。一方、爬虫類や、鳥類、私たちヒトを含む哺乳類は完全に陸上で生活していますので、♂はペニスを使って直接♀の体内へ精子を届ける必要があります。つまりペニスは、陸上生物のアイデンティティなのですね。
全ての脊椎動物に共通する「♂・♀」の特徴はそれぞれ「精子・卵」を作ることのようです。
それではもう一歩踏み込んで「精子・卵」について考えてみましょう。
◆ ウニの卵と精子をみてみよう
生物顕微鏡でバフンウニの精子と卵を比較してみましょう。
左が卵、右が精子です。
実は、左右の画像は同じ倍率で撮影しています。卵は直径約0.1 mm、精子は直径約0.003 mm。卵の方が圧倒的に大きいのですね。卵と精子の違いは、ずばり「大きさ」です。
誕生したばかりの有性生殖を行う生き物の細胞は、2個体間の大きさに差は無かったとされています。その後、より生き残りやすいように栄養を蓄えた大きな細胞が現れました。すると大きな細胞を頼りに自身は細胞サイズを小さくして細胞1個あたりの生産コストを下げ、寄生するような細胞が生まれました。これが後の卵と精子になったと考えられています。
卵はサイズが大きく、数は少ない。精子はサイズが小さく、数は多い。
貴重性は必然的に「精子<卵」になります。これによって、♀へ美しい羽をアピールするクジャクの♂や、♀をめぐって戦うカブトムシの♂のように、多くの動物で♂が♀を求める構図が生まれました。有性生殖によって♂・♀という関係性が生まれ、生き物たちの色形や生態の多様化が推し進められました。
◆ 花の色が変化するハコネウツギ
♂と♀が出会うこと。
これは子孫を残す上で最も重要な要因の一つで、植物も例外ではありません。
現在知られている世界の植物種数は約40万種、その約半数を占める被子植物のほとんどは、花粉を雌しべに運ぶためにハチやチョウなどの昆虫を利用します。一方で昆虫の個体数には限りがありますので、花同士で昆虫の取り合いが起こることがあります。花は昆虫に気に入ってもらえるように工夫しなければなりません。
下の写真はハコネウツギという樹の花です。
1本の樹に様々な色の花が咲いていますね。
咲いたばかりの花は白色で、時間がたって花の蜜が少なくなると濃い紫色に変化します。ハコネウツギは、花粉を運ぶハチたちを若い花に誘導することで、樹全体の受粉効率を上げています。ハチたちは、蜜たっぷりな花を教えてくれる親切な樹として記憶して再利用することを検討するかもしれません。
このように「性」は♂・♀という関係性や、有性生殖の遺伝的なバリエーションを作る仕組みから、「多様性」を生む性質があるものと言うことができるかもしれません。
〇子どもには聞かせられないギリシャ神話
星座とギリシャ神話は切り離せないものです。
ギリシャ神話というとロマンティックなものだと思われがちですが、元々はかなり残酷でエロティックなお話が多いのです。そのため普段のプラネタリウムでは、お子様にも安心して聞いていただけるようにマイルドにしています。
ギリシャ神話の中で最高神とされるのがゼウスです。星座にまつわる神話にはゼウスに関係するお話が多数あります。
たとえば、北斗七星が星座の一部となっている「おおぐま座」の神話もゼウスに関係しています。
「おおぐま座」の星座絵では、尻尾が長く描かれています。
その理由は以下のようなギリシャ神話で説明されています。
※神話には複数のバリエーションがあり、登場人物が違う場合もあります。
「大神ゼウスが月の女神アルテミスの侍女のひとりであるカリストという女性に恋をして、アルカスという男の子が生まれました。ところが、ゼウスには女神ヘラという妃がいたので大変です!怒ったヘラはカリストを熊の姿に変えてしまいました。それから十数年経って、立派な狩人になったアルカスは森の中で狩りをしていました。その時1頭の熊を見つけて、持っていた槍で狙います。その熊はお母さんのカリストでした。それを天から見ていたゼウスは『子どもに母親を殺させるわけにはいかない。』とアルカスも小さな熊に変えて、2頭の熊のしっぽを掴んで空に投げ上げて星座にしたと言われています。その時にゼウスがしっぽを引っ張りすぎたので、おおぐま座とこぐま座のしっぽは長くなったとされています。」
簡単に言ってしまえば「不倫」の話ですので、お子様の前では話しにくい内容です。
ただ、これでもマイルドにしています。「ゼウスがカリストに恋をして~」とぼかしていますが、元の物語では、ゼウスはカリストを騙して「想いを遂げた」のです。
ゼウスは、カリストが仕えるアルテミスの姿に変身してカリストに近づいたとされています。
他にもゼウスはたくさん浮気をしていますが、ほとんどが「何かに変態(変身)」し、油断させて近づいているのが特徴です。
最後に、ゼウスの名誉のために申し上げておくと、ゼウスが浮気者にされてしまった理由として、偉大な最高神なので、ギリシャ各地の都市の人間が「自分の祖先はゼウス」だと言いたいがためであるという説があります。
科学の視点から紹介したさまざまな「性」の話はいかがでしたでしょうか?
ご来館いただいたお客様からは、「子どもに遠慮しないための時間ではなく、『大人のための時間』だった」「知的好奇心をくすぐられた」などのご感想をいただきました。ありがとうございました。
このほか、ミュージアムショップではギリシャ神話に関する書籍などを販売しました。
次回の夜の科学館は、7月14日(金)
テーマは『食:食べ物を食べずに見てみよう』
ご来館、お待ちしております。
開催日:2023年6月9日(金)毎月第2金曜日
参考資料:
『花と昆虫のしたたかで素敵な関係 受粉にまつわる生態学』石井博著 (ベレ出版, 2020)
『恋するオスが進化する』宮竹貴久著 (メディアファクトリー, 2011)
Suzuki, M. F. & Ohashi, K.「How does a floral colour-changing species differ from its non-colour-changing congener? – a comparison of trait combinations and their effects on pollination」 Funct. Ecol. 28, 549–560 (2014).
『キノコとカビの生態学 : 枯れ木の中は戦国時代』深澤遊著 (共立出版, 2017)
『星座の神話 -星座史と星名の意味-』原 恵著(恒星社厚生閣)
『古代ギリシャのリアル」藤村シシン著(実業之日本社)