ジブリ映画「となりのトトロ」で生き物観察

サイエンスカフェ形式で開催するイベント「トークオブワンダー」では、少し難しい科学の話を分かりやすく、面白おかしくお伝えしています。

昨年11月13日(土),14日(日)に開催したトークオブワンダーのテーマは「ジブリ映画『となりのトトロ』で生き物観察」。

「となりのトトロ」を観たことがある人は多いと思います。
舞台はテレビがまだない頃の東京の郊外。トトロをはじめとする森に棲む不思議な生き物たちと2人の姉妹のひと夏の交流を描いています。

青空のもと、田んぼの畔を走る三輪自動車
ペタペタと歩く、ちょっと冷たい板の間
手足についたホコリ
穴の開いたバケツ
そして覗いたバケツの穴から見える、いつもと違った景色
暗いスギ林に囲まれた、ちょっと不気味なお稲荷さん
流水で冷えた、みずみずしいキュウリ
つやつやとしたドングリは宝物

たとえ経験したことがなくても、どこか懐かしさが感じられます。映像を通して伝わる手触り、におい、空気感は、制作スタッフの方々の細部まで丁寧に作りこむこだわりから醸し出されるのだと思います。

この記事では、スタジオジブリから公開・提供されている「となりのトトロ」の静止画を使って、生き物好きな筆者の視点で映画鑑賞していきます。作品からリアルへ、リアルから作品へ、知識や経験が行き来すると一度見た映画や日常生活がさらに奥深く、面白く、楽しくなるかもしれません。

それでは一緒に「となりのトトロ」の世界へ迷い込んでみましょう!

草壁家の周り

物語冒頭のシーン。メイ、サツキ、お父さんの3人で入院中のお母さんの病院近くの農村へ引っ越してきました。

・ヒメジョオン(メイの左に咲く白色の花)
一見したところ本種とよく似たハルジオンと迷いましたが、ヒメジョオンのツボミは上向き、ハルジオンは下向きです。またヒメジョオンの葉は静止画のとおり茎の脇に付きますが、ハルジオンは茎を巻き込むように付きます。はっきりとヒメジョオンを意識して描かれていることが分かります!

・ノゲシ(画面右脇の黄色い花)
ヒメジョオンと同様に明るく開けた草地に生えます。花の時期は4~7月。本種と似た花に秋に咲くアキノノゲシがありますが、葉の形もノゲシを意識して描いているようです。

・ワジュロ(家の前に生えるヤシのような樹)
よく見ると黄色の花が咲いています。花期は5~6月。ノゲシと同様に初夏を意識した演出がなされています。

トトロの寝床

メイは小トトロ、中トトロを追いかけるうちにトトロの寝床にたどり着きます。

・エンゴサクの仲間(左下に咲く薄紫色の花)
花の色や葉の形など、ジロボウエンゴサクとヤマエンゴサクの両方の特徴で描かれています。ジロボウエンゴサクは川岸や山地、ヤマエンゴサクは樹林の下に生えます。

・カタバミ(左上に咲く黄色の花)
葉の形は三つ葉のクローバーのようです。静止画のようにしばしば1枚の葉が閉じて半分(片方)に見えることから、片喰という和名が付けられました。

・ヤブヘビイチゴ(右の中央に咲く黄色い花と赤色の果実)
「イチゴの仲間だけど種はなんだろう?」と植物に詳しくない筆者が調べてみると、花が黄色なのはヘビイチゴの仲間(旧ヘビイチゴ属)の特徴、そして花と果実が同時にみられることからヤブヘビイチゴに落ち着きました。トトロをきっかけに得た、新しい知識です!

・ドクダミ(エンゴサクの仲間の下に咲く白色の花)
葉をお茶にしたり、校庭や庭に生えたりする身近な野草ですので、ご存知の方も多いのではないでしょうか。静止画のような半日陰を好みます。

・謎の花(画面の左右上部に生える少し大きな黄色い花)
生息環境や花や葉の形を参考に調べてみましたが、種は分かりませんでした。もしかしたら、トトロの世界にだけ生える幻の植物なのかもしれません。

いかがでしたか?
人家の周りの乾いた日向と、苔むしてしっとりとした森の中。2つの異なる場所の雰囲気が植物によって巧みに表現されていました。そして緑色を中心に、花の黄色、白色、紫色、果実の赤色など自然の鮮やかな色が画面全体に散りばめられてとても美しいです。

物語を通して、それぞれの環境にあった動植物が登場し、同じ環境でも季節によって草丈や緑色の濃さが違ったり、花や果実を付けたり・付けなかったりと、細部まで作りこむ制作者のこだわりが感じられます。

登場人物の言動だけでなく、画面の片隅に生える草木にも注目してみると映画をより深く楽しむことができるかもしれません。

最後にもう一つ、生き物で時間を感じられる、筆者の好きなシーンをご紹介します。

ヒグラシの鳴く夕方、丘の上で迷子になったメイを必死に探すサツキ。サツキの周りに咲く黄色の美しい花は「ユウスゲ」です。夕方に花が咲き、葉の形がスゲという植物に似ていることからこの名前が付けられました。夜のとばりが下りる薄暗い頃に咲き始め、翌朝、明るくなると花を閉じます。とても幻想的な植物ですね。

現代では物語に出てくるような草原は少なくなり、ユウスゲは14府県で絶滅危惧種に指定されています。物語は、米や麦、野菜や家畜(ヤギ、鶏)を育て、薪で湯を沸かすそんな生活が一般的な時代でした。草原を定期的に刈り、草を家畜の餌にしていました。薪は山から採集します。定期的に伐採されることで、明るい雑木林が維持されてきました。これらの人間による適度な撹乱は、多くの生き物が棲むことができる「里山環境」を作りました。

生活様式の変化によって、草刈りや樹の伐採は日常的に行われなくなりました。不要になった草原や雑木林は開発されて無くなったり、放置されたりしました。草刈りが行われなくなると、草原には樹が生えはじめ、数十年で林になります。林だった場所は伐採されずに生い茂り、限られた生き物しか棲むことができない暗い林になります。

電気炊飯器もガス風呂もない日々の暮らし。

子供からお年寄りまで家族全員で働いて、時には隣人同士で助け合いながら生きていく。

そして身近にたくさんの生き物たちが棲み、生き物たちと共生する。

映画の中のような場所は無くなり、もしくは少なくなりました。もっと気楽に映画を楽しみたいと思いつつも、筆者はユウスゲの咲く草原に立つ、サツキの場面を見るたびに、日常的な豊かさ(便利さ)と、将来的な豊かさ(生き物)のバランスを考えてしまいます。

※「ジブリ映画『となりのトトロ』で生き物観察」の全文は、下記リンク先の科学館noteよりお読みいただけます
ジブリ映画「となりのトトロ」で生き物観察。

イベント名:トークオブワンダー:ジブリ映画「となりのトトロ」で生き物観察
開催日::2021年11月13日(土), 14日(日)
イベント担当者:小粥隆弘(生き物博士)
参考資料:
林 弥栄, 門田 裕一 & 平野 隆久『野に咲く花』増補改定新版. (山と溪谷社, 2013).
門田 裕一, 永田 芳男 & 畔上 能力『山に咲く花』増補改訂新版. (山と溪谷社, 2013).
となりのトトロ- スタジオジブリ|STUDIO GHIBLI. https://www.ghibli.jp/works/totoro/.

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